2009年02月14日

心配なら見に来た方がいい

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「一緒に暮らそう」の家づくりブログの記事(下記URL)からの続きです。
http://issyoni-kurasou.seesaa.net/article/114227180.html

いつものことではあるのですが、同業者との飲み会になると、僕らのやっていることに対して、特別だという感想がでてきます。それはおおむね、よい意味で使われるのですが、しかし、本当に僕らのやり方は特別なのでしょうか?

昨日は、地元の若手たちとの飲み会でした。彼らのほとんどは制度に則った事業所で働いています。その視点からすると、僕らが年中無休で二十四時間対応することが、特別にうつるようでした。
ちょうど話題になったのは、夜中でも、何かあったら駆けつけるということ。たとえばお母さんが具合が悪くなった。しかしお子さんは障害を持っていて一人では置いておけず、お母さんは病院にも行けない。そんな時に僕らは電話をもらうと普通にお子さんを迎えにいきます。日頃から付き合いのあるお子さんであれば、親御さんから詳しいことを聞かなくても、「今日は、ばおばぶで夜遊びしようぜ!」みたいな感じでお預かりできます。そしてさっと、お母さんは病院に行けるわけです。
でも、制度に則った事業では、そうした動き方は異質に見えるようなのです。
ここで大事なことですが、僕は苦労をする道を選んで夜中でも迎えに行くのではありません。楽な道を選んだ結果が、迎えに行くという選択肢なのです。
もしも「営業時間に、あらためて電話してきてください」と返事をしたなら、僕は翌朝あらためて電話がかかってくるまで、お母さんの容態はどうだろうか? ○○くんは大丈夫だろうか? と胃が痛くなるような数時間を過ごさなければならないでしょう。
答えは明白です。「すぐ行きます」とこたえて車を走らせた方がずっと「楽」なのです。僕らは普通に楽をしているだけなのです。
しかし、それが福祉の世界では「普通」ではないと見えるのでしょう・・・。

「一緒に暮らそう」の家づくりブログの記事に書いたように、まさにその深夜、僕らの工事中の家をやってくれている塗装屋さんは「心配なら見に来た方がいい」と考えて、僕らからの依頼が無くても1時30分に強風の中、車を走らせて来てくれていたのです。
その塗装屋さんはきっと、特別な塗装屋さんではないだろうと思います。普通にプロ意識を持った塗装屋さんなのだと思います。

さて、もし福祉の世界が「心配なら見に来た方がいい」を共有しないことが「普通」であるのなら、そんな「普通」に何の意味があるのでしょうか?
むしろ、そんな「普通」なら捨ててしまって、一般社会の「普通」を共有した方がよいのではないでしょうか?

さらにいうなら、今障害を持つ人たちについて、社会参加とか、地域で生きるというようなスローガンが叫ばれています。そうした人たちはつまり一所懸命、社会の常識のようなものを身につけ、「普通」を共有することをがんばらされていたりするのです。そんな時に、彼らを支えるはずの福祉の仕事をしている人たちが福祉の世界だけにしか通用しないような「普通」を、いつまでも信じていてよいのでしょうか?

「心配なら見に来た方がいい」という視点は、施主である人の「心配」を、事業者が共有していることによって成り立っています。たかだか「家」という物質の建造においてさえ、この「心配」は共有されるのです。
これに対して、障害福祉は「人間」というかけがえのないものを対象とした仕事なのです。にもかかわらず、夜中に病気で苦しんでいる母親の「心配」を福祉の事業者は共有できないのでしょうか? それが福祉の「普通」なのでしょうか?

とっても胸が痛いのは、こうしたことが実態としてはまるで共有されていないのに、事業所やその職員が、「利用者の立場に立って」という言葉を口ずさんでしまえるということ。なんて、悲しいことなのでしょう。

時々「俺たちはサラリーマンだから」とか「家族を大事にしたいから」とか、そういった意見を福祉事業従事者から聞きます。でも、塗装屋さんだって、きっと家族を大事にしているのです。
本当は、夜中に駆けつけたり、必要なことについてやれる限りのことをやっていくということは、サラリーマンであるかないか、とか、家族を大事にしているかどうかとか、そういったこととはまったく関係のないことなのです。

とっても残念なことなのですが、僕ら人間は、知性などというまったくくだらないものを持ち合わせてしまったために、何の根拠もない、いいわけにもならないようなことを、さも真実のように信じ込むことで、「何もしないことの理由付け」をできてしまうのです。
このことを乗り超えられるのは、最終的には自分自身です。自分自身で、自分自身が「なにもしないことの理由付け」をしてしまっていないか、問い続け、そうした自身の行為に対して戦いを挑み続けるしかないのです。僕は知性をくだらないと書きましたが、もしも、知性に有効な性質があるとしたなら、その戦いを挑み続けるツールとして使えるということなのではないかと思います。

昨日は、事情があって僕はコーラしか飲めなかったので、今、その分酔っぱらった気分で(呑んではいませんよ)、からみ気味のことを書いてみました。
昨日呑んだ若手たちは、僕らを特別だと言っていたのだけれど、そう言う言葉の中に、どうしようもなく悩み続けている様子がみえました。
だから彼らはきっと、福祉の「普通」を超えて、一般社会の「普通」をいつの日か、それぞれのやり方で共有していってくれるのだろうと思います。
みんないい奴らでした。

そして「心配なら見に来た方がいい」と言った時の塗装屋さんは、漢(おとこ)でした。格好よかったです。
posted by 五十嵐正人 at 16:05| Comment(8) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いがらしさん、こんばんは。。

僕は、若手ではないのですが、ふむふむ、と読めたりした分、いくらかしら、五十嵐さんに近づけたかな?と思い上がったりするのですが。。

そんな若手みんなさんの思考?(思い)をすり合わせていくにはどうしたらいいのでしょうか?…などとも考えたりで。。


 なんのこっちゃですが、僕も、是非、見に行きます。。。

 その際にはよろしくお願いします。。。
Posted by くにもと。。 at 2009年02月14日 23:17
くにもとさん、お元気ですか。
コメント、ありがとうございます。

この日に呑んだ若手達には、とても期待しています。今は悩んでいますが、この中から、僕らを乗り越えていく人たちが出てきてくれる気がしています。

家の方は、完成の目処がついたら通信などでお知らせする予定です。完成したら、どうぞ、いつでも見に来てください。
Posted by 五十嵐正人 at 2009年02月15日 19:49
「心配なら見に来た方が良い」
これって、色々な方面で当てはまると思いますね…
野球の世界にも、当てはまると思います!!
Posted by たかびごん at 2009年02月16日 21:59
たかびごん様

阪神ファンの僕としては、これに限っては「心配なら見ない」かもしれません。僕が見ていると、見事に負けますので・・・。
Posted by 五十嵐正人 at 2009年02月18日 01:51
五十嵐、小島さんと出会えたことが、裕子の最大の幸せです。裕子ねーんね,見ている方達へ 私は世界一幸せな母親です。養護学校時代には、裕子みたいな子は絶対に家族以外駄目だと思っていました。何処に行っても、裕子は厄介者扱いでした。卒業時 クラスメイトは全員行き先があり、一人だけ自宅待機、でも今は裕子は親達の憧れになっています。裕子というよりも、五十嵐、小島さんの生き方、考え方、大勢の方たちに知って貰いたく、実名でお願いしました。皆様方大変お世話になりまして有難うございます
 
Posted by 裕子の母です at 2009年02月21日 14:07
裕子お母さん、いらっしゃい。

肝心の裕子さんは、僕らと一緒にいても、ちっとも幸せだとは思っていないですよ。きっと。
もっと若い男の人がいい、とか、優しい人がいい、とか、きっとそんな感じです。
新しい家が完成しても、おそらく裕子さんはちっとも喜ばないのでしょう。
でも、そんな裕子さんなので、みんなに好かれるわけで・・・。
お母さんや、これまで裕子さんに関わってくれたみなさんが、裕子さんを可愛く育てたことの勝利です。
裕子さんは完全な勝ち組です。

少しよていよりも早く家は完成しそうです。完成したら、どうぞいつでも見に来てください。

これからも、よろしくお願いします。
Posted by 五十嵐正人 at 2009年02月22日 13:27
大変ご無沙汰しております。茨城県のTです。
子どももついに養護学校卒業を迎えます。親として何も出来ずに12年間が過ぎてしまったような気がしますが・・・
五十嵐さんを初めさまざまな方々のご助力のおかげで、取り組みの遅れていた茨城でも、知的障害児(者)の家族支援メニューも以前に比べれば大分まし、になりました。子どもの成長に伴って親の関心のありかもまた変わってきますが、親の立場でも、まだまだ取り組んでいかなくてはならないことが多そうです。今後ともご指導いただければ幸いです。
(当方のブログに五十嵐さんの記事を書かせていただきましたので、トラックバックを晴らせていただきたいと思います。不都合でしたら削除していただければ、と思います。)
Posted by キャノンボール at 2009年03月03日 09:59
キャノンボール様

お久しぶりです。
もう、卒業ですか。大きくなりましたね。
ご卒業、おめでとうございます。

トラックバック、もちろんありがたいです。

今後ともよろしくお願いします。
Posted by 五十嵐正人 at 2009年03月03日 16:44
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心配なら見に来た方がいい
Excerpt: 今日はご覧のように快晴です。しかし、昨日の夜は雨が降ったり、風が強かったり・・・。 昨日は地元の同業者の若手たちと終電が無くなるまで呑んでいました(可哀相なことに、僕は事情があって車だったため、..
Weblog: 「一緒に暮らそう」の家づくり
Tracked: 2009-02-14 16:08

「三人暮らし」
Excerpt: この本は、千葉県柏市で「ばおばぶ」という知的障害児(者)のレスパイト+生活ホーム
Weblog: 受験太平記
Tracked: 2009-03-03 10:00